大動脈瘤について 詳細編

 

胸部大動脈瘤

定義・分類

胸部大動脈瘤は胸部(横隔膜より上)に発生する大動脈瘤です

心臓に近い部分から順に、基部(バルサルバ洞)動脈瘤・上行大動脈瘤・弓部大動脈瘤・下行大動脈瘤に分類します。

大動脈の構造 イメージ
大動脈瘤 イメージ

ページトップへ

破裂頻度と統計

胸部大動脈瘤の年間破裂率
大動脈の直径 破裂率
40mm未満 0%
40mm~49mm 0%~1.4%
50mm~59mm 4.3%~16%
60mm以上 10%~19%
胸部大動脈瘤の年間破裂率
大動脈の直径 解離頻度
40mm未満 0%
40mm~49mm 3%~8.5%
50mm~59mm 7.7%~8.5%
60mm以上 13%~28.6%

ページトップへ

症状

胸部大動脈瘤はほとんどが無症状です。一部に症状が出るものがあります。
以下は、代表的な大動脈瘤の症状です。

症 状 原 因
嗄声(声がかすれる) 大動脈瘤が神経を圧迫することによる
嚥下障害 大動脈瘤が食道を圧迫することによる
痛み 切迫破裂あるいは破裂時

ページトップへ

治療方針

大動脈瘤の直径により、治療方針が決まります。

大動脈の直径 治療方針
50mm未満 手術適応※
60mm以上 手術適応

ページトップへ

治療法

基部(バルサルバ洞)置換手術

大動脈弁輪拡張症や基部の異常に対しておこなう手術です。基部の状態により、1) Bentall手術、2) Cabrol手術、3) David手術、4) Yacoub手術、などがあります。
基部(バルサルバ洞)置換手術の体外循環方法は原則的に通常の心臓外科手術で用いる体外循環方法です。心臓を心筋保護液により一時的に停止し、脳およびその他の臓器には人工心肺より血液を潅流させます。手術方法別に説明します。
Bentall手術は大動脈弁を切除し、左右の冠動脈を大動脈から切り離し、人工弁のついた人工血管(Composite graft)を取り付け、左右の冠動脈を人工血管に再移植します。
Cabrol手術はBentall手術の変法で、左右の冠動脈を一本の人工血管でつないで、それを本管の人工血管に吻合するもので、基部置換手術の再手術などで用います。
David手術とYacoub手術は、人工弁を使用せず、自分の大動脈弁を修理して使用します。Bentall手術で使う人工弁を自分の弁を使っておこなう手術と考えればわかりやすいかもしれません。
手術方法にはそれぞれ長所と短所があり、この方法が一番良いというものはありません。患者さんの状態に一番適した方法を選択することが大切です。

Bentall手術・Cabrol手術:長所は手術手技が単純であり手術がやりやすいこと、どのような状態の患者さんに対しても“無難にできる”手術です。また、人工弁と人工血管を使いますので、耐久性に優れており、一度手術をおこなえば、再手術の必要はありません。一方、人工弁を使用しますので、人工弁に血栓が付着しないようにワーファリン(血栓防止剤)を生涯に渡り服用する必要がある点が短所です。
David手術とYacoub手術:自分の大動脈弁を使用しますので、流体力学的に有利です。また、ワーファリンを服用する必要が無いので、出産を予定している若い女性などにも施行することができます。しかし、あくまでも自己弁が修理可能な範囲でないと使用できないため、全ての人におこなえるわけではありません。また、長期の耐久性については現時点では評価が定まっていません。

上行・弓部大動脈瘤人工血管置換手術

大動脈外科の中で最も多い手術の一つです。急性大動脈解離・上行大動脈瘤・弓部大動脈瘤などに対しておこないます。正中切開(胸の正面を縦に切開)で開胸し、人工心肺装置を用いて、体温を30分ほどかけて20℃まで冷却します。この段階で心臓は停止します。全身の血液循環を停止し、脳は冷却した血液を潅流します。血液の循環を止めている間に動脈瘤を切除して、遠位大動脈・弓部3分枝を吻合します。体外循環を再開させて、体温を戻しながら近位大動脈を吻合し、心臓の拍動を再開させます。
かつてはこの手術による脳障害が問題とされていましたが、川崎大動脈センターでの2005年の脳障害の発生頻度は1%程度まで改善しています。手術時間はおよそ6時間です。
手術の翌日には、呼吸器がはずれて会話や飲水が出来るようになります。手術後2日目で食事が始まり、5日目でトイレ歩行、7日目でシャワー入浴が出来るようになります。

弓部大動脈瘤 イメージ

下行大動脈瘤人工血管置換手術

下行大動脈瘤に対する手術です。左の脇の下に30cmほどの皮膚切開をおき、左側の上から5番目の肋骨の間を開いておこなう左開胸で手術をおこないます。体外循環装置を使用しますが、心臓は動かしたままで、体温も下げません。動脈瘤の前後の血流を一時的に遮断して、動脈瘤を切除し、その部分に人工血管を移植します。
手術時間は4時間程度、手術の当日には、呼吸器がはずれて会話や飲水が出来るようになります。手術後2日目で食事が始まり、5日目でトイレ歩行、7日目でシャワー入浴が出来るようになります。この手術でよく誤解されるのは、対麻痺(いわゆる下半身不髄)が起こる頻度が高いのでは?ということですが、この手術で対麻痺が起こることはほとんどありません。

下行大動脈瘤 イメージ

ページトップへ

合併症予防

脳障害

かつては胸部大動脈手術で問題になる合併症でした。しかし、近年脳障害の予防法が確立し、この合併症は非常にまれなものになりました。脳障害がまれになった理由は、
1) 脳保護法の進歩
2) 手術技術の改良
があげられます。
脳保護法は、超低体温法(体温を人工心肺装置を使って25-20℃くらいまで低下させる方法)と選択的脳潅流(低温の血液を脳に直接送る方法)あるいは逆行性脳潅流(静脈から逆行性に血液を脳に送る方法)を組みあわせることにより脳血管を吻合している間の脳保護が安全なものとなりました。また、脳障害の多くは、脳血管内の動脈硬化のカスが吻合操作中に脳に詰まることが原因でした。吻合操作を改良し細心の注意をはらうことにより、この合併症は大幅に減少しました。

呼吸障害

高齢者や喫煙暦のある方は手術中や術後に呼吸器合併症を起す場合があります。この合併症の予防には、
1) 徹底した術前の禁煙と呼吸練習
2) 適切な体外循環法の選択
3) 術後早期離床と呼吸リハビリテーション
が欠かせません。
当センターでは、外来での呼吸練習指導、呼吸機能に応じた補助循環の変更、術後の看護師・理学療法士による徹底した呼吸リハビリテーションにより、高度呼吸機能障害を持つ患者さんの手術においても術後の呼吸器合併症が格段に減少しました。

腎障害

手術中にできるだけ血液浄化をおこない、術後も尿量の維持をおこないます。適切な血圧管理と、体液量の管理をおこなうことにより、また近年の体外循環時間の短縮や手術時間の短縮により、大幅に腎臓障害を減らすことに成功しています。

ページトップへ

治療成績

  全国(2003年-2004年※) 川崎幸病院(2003年~2007年※)
死亡率 手術総数 死亡率 手術総数
上行大動脈手術 2.9% 2386 - -
弓部大動脈手術 5.0% 2830 1.2% 232
下行大動脈手術 3.9% 1395 1.5% 126
ステント治療 5.7% 262 - -

※待機手術のみ